最高裁判所第三小法廷 昭和26年(あ)1129号 判決 1952年12月02日
主文
原判決及び第一審判決を破棄する。
被告人を懲役一月に処する。
この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。
被告人に、原審及び当審における訴訟費用の全部を負担させる。
理由
弁護人向江璋悦の上告趣意について(後尾添付)。
同第一点について。
論旨は原判決の判断を経ない事項であるから、適法の上告理由となりえない。
同第二点について。
論旨は原判決が憲法第三六条に違反すると非難するけれども、要するに原審の法定刑の範囲内における量定を過重であると主張するに帰する。
よって記録に徴するに、被告人は昭和六年一月三一日生の熱心なクリスチャンであって、本件犯行当時勤務に忠実な進駐軍通訳であり、独身で母と二人暮らしで、嘗てこの種交通事故を犯したことのないのは勿論、前科も全然ないものである。そして第一審の認定した事実は「被告人は法令に定められた自動車運転者の資格を有せずして昭和二五年五月二三日午前五時四〇分頃長野県北佐久郡軽井沢町三笠ホテル前より同町旧道町道三笠線一本松地籍まで占領軍第一騎兵師団憲兵隊所属の自動車ジープを運転したものである」というだけである。原審判示中には「事故を発生せしめ」云々とあるけれども原審は特に事実調をしたのではなく、只事後審として控訴趣旨に対する判断をしただけであり、第一審は何等事故の事実を認定していない。そして記録によって見た処では事故ともいうべきものは只ジープを樹木に衝突せしめ、ジープの前面装置を少しく破損したという事実の外何ものもない。
なお記録にあらわれた犯行の動機は論旨にいうとおりであって情状酌量の事由となりうべきものであり、何等憎むべき、もしくは悪性的動機は存在しない。これに対して第一審は法定刑中の最高刑を科し、しかも刑の執行猶予も言渡さず、原審はこれを是認したのである。記録を如何に精査するも最高刑を科すべき理由を発見することが出来ないのは勿論、もし懲役刑を選ぶとすれば当然刑の執行猶予を言渡すべき事案であり、刑訴第四四一条を適用すべき場合と考えざるを得ない。
よって刑訴第四一一条二号により第一審判決及びこれを維持した原判決を破棄し、同四一三条但書に基いて更に次のとおり判決する。原判決及び第一審判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の行為は道路交通取締法第二八条一号、第七条一項、二項二号に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を懲役一月に処し、なお諸般の情状に鑑み刑法第二五条を適用してこの裁判確定の日から一年間刑の執行を猶予する。原審及び当審における訴訟費用については刑訴第一八一条一項に則り、被告人にこれを全部負担させる。
右は裁判官全員一致の意見である。
(裁判長裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)